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2021年4月22日木曜日

慶應商vs早稲田社学 その3(最終回)

さて、では備忘録的な。

早慶も難関国立もMARCHもニッコマも、英語の入り口は同じである。

単語を覚え、繰り返し文法問題を解く。

そして文法問題が秒速で解けるようになったころ、早慶と難関国立志望者は、英文解釈に入る。

ここで肝心なのは、難関大学志望者だ、という点である。ゴールとなるレベルではネイティブの思考回路で英語が読めないといけないので、ハナから目標に合わせた読み方を求める。

高校の授業のように和訳をするために読んでいたのでは、ネイティブと同じように考えることができない。そしてネイティブと同じように考えることができなければ、試験で時間が足りなくなる。

よって私はそのゴールを表現するために、“ネイティブ感覚”という言葉を使っている。私自身にネイティブ感覚があるかどうかは、内緒である。

伊藤和夫先生、鳥飼玖美子先生、大西泰斗先生の理論を理想として、森沢洋介先生の瞬間英作文の要素も盛り込みながら、英語を教えているというより、伝えているつもりだ。

そして、最初に申し上げた早慶とMARCHの間にある“壁”は、まさにそれ=ネイティブ感覚だったのである。

 

英文解釈の練習を重ねて、早慶の英語でも易しめ?のところ、例えば早稲田教育や慶應商のレベルで6割くらい取れるようになったころ、この“壁”が受験生の前に立ちはだかる。

6割は取れるが7割が取れない。7割は取れるようになったが8割が取れない、そして目標とする9割が取れない、といった具合になるのである。

一番の原因は何といってもスピードだ。なぜならスピードさえついてくれば考える時間も増え、英文を23回と読み直すこともできるからだ。

ではそのスピードをどのようにつけるのかといえば、それはその子の個性によって異なってしまう。

例えば、

純粋に読むスピードの問題、つまり慣れなのか、

話題に乏しいために読み取りに時間がかかってしまうのか、

もしくはその複合なのか、

などである。

こればかりは、私は本人ではないので、わからない。

よって、試行錯誤となる。

つまり、手あたり次第やってみて、自分に合う方法を見つけるしかないのである。

次に、手段の問題がある。

慣れるためにはいったい何をすればいいのか。

話題を豊富にするためにはいったい何をすればいいのか。

これも試行錯誤である。

長文の音読、テーマ別長文読解、ALLINONE、何でもやろう。

一度出会った長文は、体に染み込むまで音読しよう。

たった一つの冠詞をもスルーしないで解釈しよう。

natural speedを体で覚えよう。

英語を心で感じよう。

そういう日々の積み重ねが始まる。

だが、それを続けたからといって、いつできるようになるかは誰にもわからない。

いや、それを続けたからといって、一生できるようにはならないかもしれない。

そういうの、“修行”と呼んでよくないか?

早慶の英語で8割も9割も取る受験生の日々とは、地味で単調な訓練を、来る日も来る日も続けて、雨に日にも風の日にも休まず続けて、それでも悟りが開けるかどうかはわからない、という修行の日々なのである。

Fの日々とは、そんな修行の日々だったのである。

 

帰国子女で英検1級保持者が7割しかとれないという早稲田社学の英語で、瞳に深いものを湛えた元・俗物の、今も俗物だが、そのときだけ聖人になっていたFは、きっちり7割を取って合格した。

オカルトかもしれない。気のせいかもしれない。それならそれでいい。

でも、Fだけではない。

過去に早慶に合格した子の多くが湛えていた、修行僧のような深い瞳の色は、“壁”を破った者だけが持つ色なのかもしれないと、私は本気で思っている。

 

もちろん、受験科目は英語だけではない。

英語がイマイチ好きになれなかったら、他の科目で取ればいい。それでぜんぜんいい。

事実、今年は数学を武器にして慶應商・横浜国大にダブル合格した子がいる。

だがいずれにしろ、早慶レベルで英語や数学を“武器”にしようと思ったら、決して甘くない、楽じゃないということだけは、それだけはわかってほしい。わかってください。

 

まあ、そんなだったFだが、2月、上智に合格したあたりでほっとしたのか、煩悩が瞳を曇らせ始めた。

「上智のポルトガル語と経営で、〇〇が〇〇〇〇のはどっちですか? 〇〇〇〇〇〇」

とか言っていたのでヤバいかな?と思っていたのだが、なんとか受験校を全勝で逃げ切った。あぶねえ。

・・・Fが受験した早稲田社学の古文で、方丈記が出題された。実はそれ、教室で読んでいた“マンガで読む方丈記”にそっくり出ていて、Fは話を覚えていたらしい。

Fの早稲田社学合格が、そのせいでないことを、英語の力で受かったことを、心から願う。

 

(おしまい)


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へおねがいします。

 

2021年4月18日日曜日

慶應商vs早稲田社学 その2

“慶應商VS早稲田社学” が急上昇キーワードになったらしいですな。

なんでも早稲田社学が超難化し、政治経済学部と並ぶ早稲田の看板学部になったとかならないとか。

早稲田の社学の英語は、帰国子女の英検1級保持者でも7割しか取れなかったとか。

会話文では選択肢がどれも同じに見え、取捨選択する根拠が見当たらない。

長文では下線部の単語がわからない上、選択肢の単語も一つしかわからないので推測すらできない。

おかげで巷では、“社学の英語は運ゲー”と言われる始末である。

それに比べれば、慶應の英語はとても優しい(易しい、ではない)。

実力がちゃんと結果に表れる。

 

一年前の話になるが、その早稲田社学と慶應商に、両方とも合格した子がいた。

仮に、彼をFと呼ぼう。あのYと同級である。

たしかに、Fはどちらに行こうかとずいぶん迷っていた。

通学が楽なのは慶應、興味のある科目があるのは早稲田だと言っていた。

「知るか。自分で決めろ。」

私はあくまでもFの自主性を重んじ、心を鬼にして、わざわざ相談しに来たFにそれだけを言った。決して面倒くさかったわけではない。決して。

 

そのFは、今まで書いてきたような壁を破った一人なのであるが、

超進学校の生徒でもなく、

中学受験をしたわけでもなく、

英才教育を受けていたわけでもなく、

ガリ勉をしていたわけでもなく、

決してそんなに真面目でもなく、

特別に親切で心が広いとかいうわけでもなく、

モテモテでもなく、

話が上手いわけでもなく、

熱血でもなく、

早慶合格者は年に数人という高校に通う、

とにかくまあ、普通の、いや、経験値という点ではむしろ普通より低い子だったわけですよ。

実際、Fとは話せば話すほどにthe cultural divide(=???みたいないこと)を感じたのであります。

だって、好きなアニメがおさるのジョー〇って、???じゃないですか?

そうでもないですか? 普通ですか?

 

そんなFだったが、入試直前の1月頃のFの目は、まるで修行僧のような深い緑色をしていた。

「先生、僕はすべてを悟りました。」

入試の前日、Fはそう私に言った。

ええ、嘘です。言ってません。

でも、慶應や早稲田に合格する子は、秋から直前期にかけて、修行僧のような瞳になる。

あの子も、あの子もそうだった。

やり切った感なのか、はたまたある種の悟りなのか。

レベルは違いすぎるが、イチローとか松井秀喜とか、ああいう人たちの目にそっくりなのですよ。

達人(感)なのかなあ。

まあ、みんな今ではすっかりただの人ですけどね。

ともあれ、Fが壁を破った過程を書いておくことは、私自身の備忘録にもなると思う。なんせ齢なので。

 

(つづく)



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2021年4月13日火曜日

慶應商vs早稲田社学 その1

今回は合格体験記半分、うんちく半分でお伝えしたい。

当然、合格体験記のほうがためになる気がするが、私はうんちくしたい。

うーむ、悩ましい。

 

さて、ウチの塾から、過去9年間での慶應合格者は4名。早稲田合格者は、慶應との重複を含めて4名。

これを多いと見るか少ないと見るか。

大学受験生は毎年3~5名。

うーん、悩ましい。

 

しかし、彼ら全員、翠嵐や湘南といった、合格して当たり前の生徒ではなかったことを考えれば、私からは彼ら全員に、やりおった、と言いたい。

このくらいのレベルになると受験前にはだいたい受かるか落ちるかわかっているのだが、

それでも本番でちゃんとできるかどうか、送り出すときは不安である。

なぜなら、彼ら全員、翠嵐や湘南といった、受験に慣れ、本番にも強い生徒ではなかったからである。

 

話は少し逸れるが、翠嵐や湘南といった高校の生徒は、勉強すれば勉強した分だけ、どこまでも偏差値が伸びる。

やつらの大半は、中学の勉強をコンプリートしている以上に、中学の勉強を深く理解している。

やつらの大半は、紙の上での勉強だけでなく、その周辺や自分が興味を持ったことを無意識に探究するので、雑学をよく知っている。→実はこれすごい有利

やつらの大半は、文系も理系もなく、その気になれば数学も現代文も日本史も、なんでもできる。→総じて語彙力が豊富で、発想も自由である

 

ウチの塾から慶應に合格した4人は、全員、そんなレベルではなかった。

数学はできねえ。

現代文はできねえ。

文章は幼稚。

モノは知らねえ。

まともにしゃべれねえ。

全国のトップ高から受験生が集まり、東大や一橋や東工大の併願校ともなっている早慶を受験するにしては、どいつもこいつも平均のはるか下だった。

 

話は変わるが、ウチの塾からのMARCH合格率(合格者÷受験者)は75%、上智理科大合格率は66%、国公立合格率が71%であるのに対し、早慶合格率は36%である。(もちろん、合格校数÷延べ受験者数にすれば、合格率は100%に近くなる)

個人の努力を数字にしてしまうのは気が引けるが、私が言いたいことは、この数字の影に見え隠れする早慶の“壁”である。

もちろん、早慶だけに限ってしまうと、そもそもの合格者数が違うので(早慶合格者数はMARCH合格者数の5分の1から10分の1程度である。と思う。)、単純な比較はできない。

しかし、齢をとり、若者に苦笑いされながらもなお現場の最前線で現実を見ている私としては、どうしても、数字以上に、早慶には“壁”を感じていたし、今も感じている。

ウチの塾から合格した彼らは、その“壁”を破ったことになる。

私は、〇害と陰口を叩かれながらも、その過程を見てきた。

そして、私が見てきた、平凡な能力の受験生がその“壁”を破ることがどういうことかということを、私はいつか伝えたいと思っていたのでした。

 

(つづく)


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2021年3月7日日曜日

青山学院大学へ<長編><無許可掲載> 最終回

 合格までの具体策

まあ、小話はこれくらいにして、実際にYがどんな勉強をしていたか、思い出してみましょう。

授業はたったの週200分。予備校に比べればはるかに少ない授業でした。

Yは夏期講習や冬期講習の追加も一切しませんでした。

おのずと自習が勉強の中心になります。

Yが一人でできることといえば、世界史と英単熟語と英文法だけでした。

語順整序なんか、一人でやっても無駄でした。

でも、自習でひたすら暗記をしていたおかげで、世界史は慶應大学合格者と肩を並べるまでになっていたのです。

MARCHであれば、得意科目(偏差値70以上)が1科目あれば、合格可能性は高くなります。

逆に、偏差値70以上の科目が一つもないと、合格可能性は著しく低くなります。

Yが青山に合格したのは、世界史という科目選択によるところも大きかったといえます。

 

英語の授業は、ひたすら文法と語順整序でした。

それでもYは、何回やっても完ぺきにはなりませんでした。

Yは自習でも文法の復習を何度もやっていたのですが、どうしても知識がこぼれていく。どうしても見落とす。

授業で扱った7冊の文法テキストを、復習で3回ずつ繰り返していましたが、

それでも“ランダム英文法標準編”や“ファイナル英文法標準編”のレベルで取りこぼしをします。

MARCHに合格するためには、これらは99%・楽々・秒速でできなくてはならないのですが、試験直前でもYは、85%・苦渋・分速でした。

 

長文読解は、一切取り扱いませんでした。

長文でも内容一致以外は文法で解き、内容一致はなんとなく取れればいいんです。

 

この点、ついでに言えば、現代文も古文も、内容を読まずに問いだけを見て解く、という方法を徹底しました。

だって、読んでもわからないんだから、読むだけ無駄ですよね?

古文なんか、品詞分解をすると内容がわからなくなり、内容を追うと品詞を無視するのです。助動詞2つが重なると、ほぼパニックに陥ります。

それでもなんとか話を読み取ろうとしますが、「どんな話だった?」と尋ねれば、単なるでっち上げを答えていました。

ですから、問いだけを見て解く、という方法が、最も合理的だったのです。

Yもそれを理解して、

「現代文と古文は読まない!」

と、自分に言い聞かせるように宣言していました。

 

そのようなわけで、模試の最終的な偏差値は、英語50、国語50、世界史70くらいでした。

青山の判定は、浪人の11月で、E

まるで現役生の成績です。

でも、人生でのトータルの勉強量は普通の現役生にも及ばないのですから、それも当然と言えましょう。

 

このころから過去問演習に入るのですが、いやはやそれにしても、なぜ、どうやって受かったのでしょうかねえ?

実は、このころようやく、英語や国語の語彙力がついてきました。

単語・熟語・漢字・現代文の語句を覚えてきたのです。

これは、地味ですが強力な武器なのです。例えるなら、足軽が甲冑や鎖帷子を身に着けたというところです。

つまり、最低限、“即死しない”レベルになったのです。

MARCHを受験するのに漢字が書けない、単語を覚えていない、というのは実に致命的で、そういう人はまず合格しません。

授業でいっしょに過去問を解いていて、語彙力が入ったことを私は最も身近で感じていました。

ならば、あとはテクニック。ひたすらテクニック。

理解はどうでもいい。テクニック、テクニック、テクニーーーーック。

 

受験直前、YMARCH合格可能性は、50%だと思っていました。

合格可能性50%ということは、私は、“4回受ければ1回受かる”と認識しています。

そして、Yにもそのように伝えました。

そして、Yは私の言うことを素直に聞いて、青山を1つ、法政を3つ、受験しました。

 

 

2月下旬。

Yは、

「青山に受かりました」

と、自宅は遠いのに、わざわざ教室に報告に来てくれました。

教室は、

ザワ…ザワ…

と、私一人でザワザワしていました。

だって、2月下旬の日中なんて誰もいなかった・・・ような気がします。

実は・・・

あんまりそのときの詳細な記憶がないんですよ。残念ですが。

ただただ、恥ずかしそうな、バツの悪そうな、なんか悪事でも露呈したようなYだけが印象に残っています。

(昨年度の途中経過)


余談。

法政は、3つとも不合格でした。

偶然にも、私が言った通り、“4回受ければ1回受かる”という結果になりました。

ちなみに、成蹊大学の入試では、Yのヤツ、またマークをずらして書き、補欠でした。

 

後日談。

実は受験直前、私はYに、

「法政と青山、両方受かったらどっちに行きたいの?」

って聞いたら、Y

「法政です!」

って言っていたんですよ。

だから私は青山に合格したYに、

「法政じゃなくて残念だったな」

って声をかけたんです。

ところが別のヤツにその話をしたら、

「ああ、あれですね。Yのやつ、青山って言ったらおこがましいと思って、つい法政、って言っちゃったんだそうです。本心では青山に行きたかったみたいですよ。だからオーライです!」

だと。

ったく、どこまで・・・・

 

現在のYですか?

タ〇コ吸いながらパ〇ンコやってるらしいです。

4年間で卒業できるかどうか、危ういらしいです。

いいんじゃないですか?

Yの勉強ぶりを目の当たりにしていた後輩の中に、

「あの人が受かったんだから、アタシもがんばれば・・・」

と言う子も出てきています。

Yは今、すべてのホンモノたちの星になったんです!

出典 カメレオン コミックス47巻



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2021年3月4日木曜日

青山学院大学へ<長編><無許可掲載> その2

そんなYが、なぜ、青山に受かったのでしょう?

ひとつには、得意科目を早々に作ったことだと思います。

紆余曲折ありましたが、苦しんだ甲斐あって、世界史の偏差値が異常に伸びました。ただし、字が書けないのでマーク限定ですが。

現役時、最後のマーク模試で9割を超えたのです。

英語も、5割弱くらいまで取れるようになっていました。

それを見たYは、当然、希望を持ったと思います。

「現役でいきたい」

私も、東海大学ならいけると思いました。実質2科だし。世界史に記述はあるけど、ちょっとだけだし・・・

まあ、結局ダメで、Yも私もなんでだろ? って言っていたのですが、まあ浪人時の結果を見れば、まあわからないでもないでした。

とんでもないミスをするんですよ。解答欄をずらしてマークしたりとか。

東海でもなんかやらかした、プラス記述が全滅、といったところだっだのだと思います。

ただ、こんなことを軽く書けるのも浪人して青山に受かったからで、当時の私は

「なんという・・・」(失礼を通り越して失礼)

と悩んだものでした。

(出典 ドラえもん てんとう虫コミックス19巻)

だって模試の成績からも教室での過去問の出来からも、東海に落ちる要素はなかったんですから。


まあ、とにもかくにもYは一浪してなんとか青山に合格したのですが、ネット上でよく言われている、

“どんなヤツでもMARCHまでなら暗記で入れる”

“凡人が努力で入れるのはMARCHまで”

2年間クソ努力すれば、MARCHには入れる。すごい努力が必要だけど”

を証明してしまったわけです。

これらの評には、悪意も善意も実体験も空想も分析も入り混じっているでしょう。

そして、超進学校の出身者からすれば、MARCHは合格して当然の大学でしょう。

ですが、もちろん、努力をし尽してもMARCHに届かない子もいるわけです。

では、MARCHに届いた子と届かなかった子、どこに違いがあるのでしょうか?

運? 地頭? 勉強時間? 気合?

ええ、どれも必要な要素だと思います。

けれど浪人時代のYを見ていて印象的だったのは、勉強中に時折見せる、キラキラとした瞳でした。


昨年度は文系受験生ばかりだったので、現代文を強化すべく“現代文ゼミ”なるものをやっていました。

普段はテクニックばかり使って現代文を解くように指導しているのですが、内容も分かりたい人のために、時間外・無料でゼミ授業をしていたんです。

入試に頻出の話題と、美しい文体と、作家や評論家や大学教授の脳みその中を味わうためでした。今はやってませんが。虚しくて。

とにかくそのゼミで、最も珍回答をし、最も目を輝かせていたのが、Yだったのです。

真っ先に手を挙げて、まったく見当違いであるというあるあるです。

でも、

「面白い!」

「養老孟司ってすごい!」

そうやって素直に喜んでくれるのって、やってるほうは嬉しいじゃないですか。

「なんとかこいつ、MARCHに合格させてやりたいなあ」

たいへんおこがましいけれど、そんなふうに思ったものです。

 

また、隣で数学を勉強しているヤツがいると、興味津々でのぞき込んでいるんです。

そしてわかるわけないのにそいつに質問して、頭を抱えているんです。

でも言うんです。

「相加相乗平均って、かっけー!」

かわいいじゃないですか。

そんだから中学の数学の問題をやらしてみると、喜んで解き始めるのです。

数学なんか受験科目じゃないのに、ですよ。

面白いじゃないですか。

 

一度、

“周の長さが36、面積が54の直角三角形ABCがある。この三角形の斜辺ABと内接円との接点をPとするとき、APBPの比を求めなさい。”

のような問題を出したら、友達に相談しながらも、なんと正解したんです。

嬉しかっただろうなあ。

この問題は高1の数学によくある問題ですが、普通の高1なんか、偏差値60くらいの高校に通っている子でさえ、初見では「解き方を教えて」って言います。普通は。

それを、あのYは解き方も教わらずに、図を描いて、こうかな?こうかな?って考えたんです。

ほほえましいじゃないですか。

それこそ、勉強に対する、本来あるべき姿じゃないですか。

 

しかし、こういったYの性格にも短所がありまして、人のやっていることに引っ張られやすいんです。

隣が長文をやれば「長文をやりたい」

隣が古文をやれば「古文をやりたい」

隣が過去問をやれば「過去問をやりたい」

仕方のないことです。焦る気持ちも、痛いほどわかります。

そのたびに、私たちは、

「焦るな。競るな。〇〇〇〇、〇〇〇。」

そう言い聞かせました(失礼を通り越してハラスメント)。

中学時代の学力に差がある。

目標に違いがある。

それは如何ともし難い、と言いました。私としてはつらかったけれど。

競馬に例えるなら、先行力のない馬は先行しちゃいけない。

最後の直線で勝負だ、ということですね。

わからない方、すみません。 


(つづく)

2021年3月2日火曜日

青山学院大学へ<長編><無許可掲載> その1

ご無沙汰をしております。

卒業生からのリクエストを1年間放置した挙句、やっとのことで投稿する次第でございます。

これから書こうとする本人(仮にYくん)からのリクエストではないのですが、Yの友人であり、ウチの塾でともに浪人生活を過ごした慶大生と明大生が、

Yのことは何がなんでも記録に残すべきだ」

と言うものですから。

なぜなら、

「とんでもなくすごいことだから」

と。

何がすごいって?

このへんに住んでいる子なら、Yが通っていた県立N高校(仮名)がどんなレベルなのか、どのへんの大学に進学するのが普通なのかはみんな知っています。

ごく稀にしか、MARCHには合格する子はいません。

 

N高校 卒業後の進路状況(20203月卒業生)

合計

大学進学

146

短大進学

22

専修/各種学校

99

浪人/予備校

22

留学/留学準備

就職・その他

16

 

そんな高校の、成績は真ん中より遥か下の、筋肉な彼こそが、あのYでした。

しかも、もうちょっと早く塾に来てくれればいいのに、彼がやってきたのは高3。引退試合が終わってから。夏休みなんかとっくに始まっていました。

 

Yと同学年と1つ下の子たちは、Yの学力が当初どれくらいだったか、みんな知っています。

haveの過去形はhavedであり、takeの過去分詞はtakedなんだそうです。

もちろん、Do she busy? という英語を書いて何一つ憚ることはありません。

漢字なんか、もちろん書けません。

方程式なんか、もちろん解けません。

合格してからですが、Yと同学年の塾の子たちは、ビ〇ギャルを比較対象に持ち出して、彼を「ホンモノ」と言っていました。(すごい失礼)

「だって、ビ〇ギャルは進学校の底辺でしょ? Yはホンモノ(ものすごく失礼)ですよ。進学校の底辺が慶應に入るより、ホンモノ(失礼すぎる)が青学に入るほうがはるかにすごいですよ。Yのことはブログに残すべきです。」

もちろん、私個人はビ〇ギャルの物語に感動し、本も買いましたし、ビ〇ギャルの通っていた塾の先生を尊敬しています。高校受験を経験していない中高一貫の子が、いざ大学受験をするのがどれだけたいへんかも、よく知っています。

でも、それを補って余りあるくらい、Yのインパクトがすごかった、ということなのです。

 

ですからまあ、当然といえば当然なのですが、Yは早々に根を上げました。

まだ夏休みだったかなあ。入塾して1か月も経たないうちに彼は言いました。

「推薦にする」と。

当然です。彼を責める気なんか毛頭ありません。

小学校のころから筋肉ばっかりやってきて、突然受験の世界に放り込まれ、塾の同学年の子たちはそれなりの進学校で、自分は中1の英作文なんかやらされて、それすらできなくて、自分がどんなにホンモノなのかを目の当たりにしたんです。

休まず塾に来るだけ偉いですよ。

私だって、中1に満たない学力しか持たない高3Yが、受験に耐えられない可能性は高いと思いました。

でもですね、彼のお父様が、それを許してくださらなかったのですよ。

「お前は、筋肉も結局中途半端。今まで何一つ成し遂げていない。ここで踏ん張らなければ、お前はたぶん一生、何もできない人間になる。浪人してもいいから、目標を設定して、受験して合格してみろ。それが嫌なら、働け。」

なんて立派なお父様だろう、と私は感動しました。

が、そう言われて苦渋の表情を浮かべるY、それまで「推薦にする」と言っていたYを鑑みれば、きっとお父様のおっしゃる通りなんだろうな、と、付き合って日の浅い私も思いました。

目標は、実は教師なんだって。GT〇ですな。

でも、お父様がおっしゃるにはFランク大学ではだめで、ちゃんと勉強しないと入れない大学、というのが条件。

私は一人でやる気に満ち、Yは俯いていました。

 

まず私は、科目を絞ることを提案しました。できれば、2科。

残り時間を考えて、社会は世界史。あとは現代文か、英語。

世界史+現代文だと受験校が少ないので、浪人することも考慮に入れると、世界史+英語が現実的でしょう。現代文、できなかったし。

英語は、単語+熟語+文法に絞り、そのかわり徹底的に繰り返す。

自習は、世界史と単語と熟語のみ。ひたすら暗記の日々としました。

 

こうして言うは簡単ですし、ある程度の進学校の生徒なら嫌々ながらもなんだかんだやることです。

でも、Yですよ。

ただ暗記しているだけでも、大きな背中が小刻みに震えだすのです。

何を覚えているかって?

he his him his とか bring brought brought とか 古代文明とかですよ。

「つらい」

Yはときどき、そう漏らしました。

そして、たった1時間自習すると、

「帰ります!」

ドヤ顔でさっそうと退出しました・・・・・・



 出典 彼岸島48日後 コミックス第26巻より

(つづく)

2016年4月11日月曜日

祝! 大学合格! 2016 2!



祝! 大学合格! 2! 2016年度卒業生のNくんのこと

先日、お母さまといっしょに、受験を終えたNくんが教室に顔を見せてくれた。
彼とは、彼が中1のときから6年間、多くの時間を共有し、たくさんの話をした。
性格は穏やかだが芯はしっかりしていて、自分自身を客観的に観察しながら着実に成長していった子だった。

上のお子さんも昔の塾に通っていたから、ご家族とは8年もの長いお付き合いだった。
お母さまやお父さまにはたいへんお世話になり、教室移転のときにはアドバイスをいただいたり、机を頂戴したりした。
お世話になったのはこちらの方なのに、ずいぶんなお褒めの言葉をいただいて、ものすごく恐縮です。

Nくんの個性の一つに、マニュアル的な考え方や解き方に関しては、よほど納得しない限り受け入れなかった点がある。
例えば、中学数学の計算では(高校数学でもそうだろうけれど)、途中式の書き方にも正しい・正しくないがある。
ところが彼は、それがどうしても嫌だったみたいなのだ。面倒くさかったのかもしれないが。
普段から「勉強したければすればいい。嫌ならやらないほうがいい。無理に勉強させるのは心と体に毒」と公言している私だから、もちろん強制も矯正もしなかった。
だから、「もし暗算で全部正解できるなら、それでいいんじゃない?」と言った。気がする。
それを真に受けた(いや、中学までは本当に暗算でもいいと思っているのだが)のか、 Nはすべての計算・方程式を暗算でやってのけた。
解が分数になる連立方程式までも! 
そして、県入試本番でも暗算のみで数学を解いたのだ!
ほんのちょっとだけ、個性的でしょう?

あと、Nくんは成績に対してほとんど欲がないみたいだった。
クソ努力してトップになるより、ソコソコの努力で平均のがいい、と言っていた。
その通り、成績はオール3前後をウロウロ。中3後期はさすがにちょっと勉強して、それでも内申は30/45
受験した高校の偏差値は50
まさに有言実行。嘘偽りのない性格のNくんでありました。

そう、Nには嘘とかごまかしとか、そういうものがなかった。
やりたくないものはやりたくない。やる必要があると思えばやる。
家でも気分が乗らなければ勉強しない。        
高校の課題には文句ばかり。
数学も苦手な分野には手を付けない。
結局、勉強するためには塾に来なければならなくて、ちょっとずつちょっとずつ、塾にいる時間を長くして、ちょっとずつちょっとずつ授業時間を増やして。
敵陣をちょっとずつ包囲するように、ちょっとずつ勉強時間を増やしてきた。

突然ですが、生徒からの私の評価。
1位「こわい」
2位「話しにくい」
である。
好意的な評価でも、「近所のおじさん」「ダイエーで日曜日に買い物してそう」
こんな評価だが、それにしても不満はある。
「話しにくい」はわかる。歳も離れすぎているしな。
「近所のおじさん」もわかる。コンビニに行くようなノリで出勤してるしな。
が、「こわい」は理解できない。
20年近く塾をやってきて、私が生徒に声を荒げたのは1度だけである。
つまり、世間一般で言う「こわい」に私がなるのは、時間にして数百十万分の一なのである。刹那ですよ。(20年間で1分だけ)
もちろん、手をあげたことは一度もない。
ひょっとして、
「高2の間に(英検)2級に受からないとMARCHには入れないよ」
とか、
「単語? 1週間で1000個くらい覚えられるよね?」
とか言うから「こわい」のか?
まあそれはいいとして、Nには一度だけ説教?をしたことがある。
MARCHに合格する能力があるのに、努力しないのはもったいない」
という内容だ。
いつも「勉強するもしないも本人の自由」と言っている私が、矛盾したことを言ったとは思わないでほしい。
Nの通う高校からは、ニッコマでもじゅうぶんすごい。
MARCHとなると、3年間で数名という快挙である。
私「可能性が無いなら言わない。お前が『ニッコマや明学でいい』と本気で思っているなら、それでいい。でも、ちょっとでも『MARCHに行けたらいいなあ』という思いがあるなら、挑戦する前からその可能性を捨てるのは、どうしてももったいないと思ってしまう。もちろん、努力しても届かないかもしれない。でも個人的には、お前に挑戦してほしいんだ。」

私は一方的にしゃべるのが嫌いで、そして話を聞くときに使うエネルギーの大きさも認識してるから、30秒以上連続してしゃべらないように気をつけている。
でも、その時は言った。
まあ、Nがどう感じたかはわからないが、その時からかな。毎日塾に来るようになった。

エピソードをもうひとつだけ。
数学の苦手分野の克服には、私も一役買ったと自負している。
それは数Aの「集合」と「場合の数」だ。
Kから、「Nは、どうしてもやらない分野がある。後回しならそれでもいいんだが、ぜんぜん克服するつもりがないみたいなんだよ。お前のせいだ。」と相談(非難)を受けた。
私はⅡBの受験指導ができないので、Nの数学は副Kが担当だった。
中学の時にNの数学は私が見ていたので、そのやり方が染みついているというのだ。
実際に授業をしてみたら、何のことはない、暗算癖のせいだとわかった。
場合分けとかを図示しないで、頭の中だけでやろうとしていたのだ。
王道を行く数学専攻の副Kにとってみれば、それはすなわち邪道。存在してはならないはずの解法なのであった。
私はもともと外道だし、邪道くらい何とも思っていないので、Nには中学入試の考え方を使ってセンター過去問を解く方法を授業で伝授した。(副K注;実際は、Nといっしょに問題を解いて、「できた?」とか言ってヘラヘラしていたただけです。)
ところが、なぜかそれがヒットしたようで、Nはたちまち私の数Aを超えていった。
あっ、という間だったなあ。

そう、あっという間だった。
Nさんご一家とは8年にもわたるおつきあいだったが、気づいたらいつの間にか、末っ子のNが高校卒業を迎えてしまった。
Nが卒業することは最初から決まっていたことなのに、時が経てば当然に迎えることなのに、何か納得できないような気がするのは私だけなのだろうか。
ヒラリひらりと勉強から身をかわしてきた少年が、県内でも最も平均レベルの高校から、青山学院大学に合格するという偉業を達成した。
「ウチの家族は学歴志向が無いんだよね~」なんて言っていたのに、最後の最後になって追い込んで、けっこうとんでもないことをやってのけた。
入塾時、中1の内申はオール3に満たなかった。
それから6年。成績なりの高校に入り、比較的のんびりと過ごした。
家族からも干渉されず、部活にもさほど熱中せず、趣味を謳歌した。
「地頭がよかったんでしょ」と人は言うかもしれない。
まあ、そうかもしれない(笑)
読書量(マンガの)も半端なかったし。
でも、MARCHに入るのに地頭なんて関係ない、って他の子も証明しているから。
中1からずっと通って、いろんな話をしたじゃないか。
Nはのらりくらりに見えて、実はいろいろ考えてたもんな。

うーん・・・、やはり8年となると思い出すことが多すぎて、とりとめがなくなる。
先日、お母さまからとてもあたたかいお言葉をいただいてしまって、その余韻もいまだ消えない。
で、Nに連絡したら、〝Delivery Status Notification (Failure)
・・・メアドかメール設定を変更しとるじゃないか!
「ガラケーでじゅうぶん」とか言ってたくせに。