2019年10月29日火曜日

現代文において「少数派に思いを馳せる」とは


私は、教室で受験生に、現代文は「少数派に思いを馳せる」ことだ、といつも言っています。

現代文の問題文には、最近「機会の平等」という言葉がよく登場します。
少数の恵まれない人にもチャンスがあってこそ本当の平等だ、という考え方です。
賛成です。まったくそうだと思います。
でもこれ、あらためていろいろ調べたり想像したりすると、本当に難しいですね。
鈴木大介さん著「家のない少年たち」「家のない少女たち」を読んだんです。
虐待されて育った少年や少女がどんな生活を強いられるか、のルポです。
驚愕ですよ。
まあ私なんかは金銭的な苦労はしましたが、私を含め、いちおう親に衣食住と命の安全を保障してもらいながら育った人間には、およそ想像もつかない世界です。
生きるために家を出るしかない。
でも未成年は家も借りられない。
堅気の職に就こうにも就けない。
結果、路上生活、売春、犯罪を強いられる。
政府や自治体の政策なんて届きようがない世界なんです。

こう考えると、健康な大人って楽ですよね。
なんてったって、なんだかんだ言って逃げ場がある。
仕事が嫌ならやめればいい。
今の家が嫌なら引っ越せばいい。
パートナーが嫌なら分かれればいい。
でも、未成年はこれらのいずれも出来ないんです。
子どもは気楽でいい、なんて言う大人がいますが、よく考えてから言ってください、と思います。

虐待ほど極端ではなくても、苦しんでいる子どもたちは、想像以上にいると思います。
例えば、家に要介護者がいる場合。
私も父の介護を「手伝い」ましたが、それはそれは大変なものです。
やったものでなくては決してわかりません。
世間では、そうした人たちを献身的にお世話するのが美徳とされていますが、まあ私なんかはサイ〇パスらしいようですから、正直に告白すれば、こんなことやってられっか! とばかり思っていました。
つまりは、そういうことですね。
大人ですらそうなんです。
まして、子どもはどのように感じるでしょうか。
心にそういった、要介護者に対して私が抱いたような気持ちを抱いたとしても、子どもは「あんなやついなきゃいいのに!」とは口にできないでしょう。
世の中の道徳や、家族の手前というのは、大人よりも子どもの方が気にしているはずです。
なぜなら、子どもは大人に逆らっては生きていけないのですから。
正直な気持ちは言えない。
家から逃げ出すことも、家を捨てることもできない。
それでも、こういう心を持ってはいけないのでしょうか?
そういうふうに思ってしまう子は、心が冷たい子なのでしょうか?
そういうことを「いけない」と言って抑えつけること自体が、「機会の平等」を奪うことにつながる可能性はないでしょうか?

子どもにとっての「ごく普通の家庭」を、「衣食住に困らなくて、いちおう落ち着いた気分になれて、努力次第で将来が叶えられる可能性がある家庭」と定義するならば、これらの要素がひとつでも欠けたら、それは「機会の平等」を奪われていると思います。
だって、子どもはそれを覆すために、「ごく普通の家庭」であれば必要のない努力をしなければならないからです。
「ごく普通の家庭」であれば失わなくてもいいはずの精神のエネルギーを奪われます。
それによって子どもが無気力になったり、将来に希望を持てなかったりしたら、それは子どものせいなのでしょうか?
努力が足りない、と責めるのでしょうか?
今の世の中の風潮は、そういうことみたいですけどね。

横断歩道の信号が青である時間は、「普通の」人なら渡れるという時間を考慮しているでしょう。
でも、足が悪い方とか、青である時間内にわたり切れない方もいますよね?
交通事故での死亡者は年間5千人以上います(2017年)。
僅か20年前は、年間1万人以上が亡くなっていました。
なぜ交通死亡事故を撲滅しないのでしょう?
特に、交通弱者である歩行者の死亡事故を。
自然災害で亡くなる方の人数より、はるかに多いですよね?(2017年年間約1000人)
日本中の道路を歩車分離にするとか、自動車の入れる道を制限するとか、違反をもっと厳しく取り締まるとか、手はあるじゃないですか。
なぜ、年間5000人も亡くなっている異常事態に、政府も、みんなも目をつぶるのでしょうか?
予算がないからですよね?
不便だからですよね?
自動車が日本の基幹産業だからですよね?
だから弱者は、ごく少数なら黙ってろってことですよね?
大多数の利益が優先、ってことですよね?
家庭環境に恵まれず機会の平等が与えられない子は、少数なんだから仕方ない、ってことですよね?

てなことを考えていたら鬱になります。
が、こういうことを考えるが、てっぺんの方の大学の現代文ができるためには必要です。
鬱な気分は怒りに変えましょう。
受験の動機は、怒りでいいんです。