2021年3月15日月曜日

2021年 高校進学実績

2021年高校進学実績

こんにちは。

タイトルには“2021年高校進学実績と謳いつつ、

過去9年間の高校“進学”実績をお伝えします。

 *高校受験は人物特定防止のため、9年間の合計のみをお知らせしています。

50音順)

大船高校1名      金井高校1名     神奈川工業高校1名

鎌倉高校1名        市立金沢高校1名   上矢部高校2名

北鎌倉女子学園高校2名 鵠沼高校3名     湘南工科大付属高校1名

新栄高校1名        市立戸塚高校1名   永谷高校1名

柏陽高校2名      氷取沢高校2名     舞岡高校1名

明治学院高校1名    山手学院高校1名   横須賀学院高校2名

市立横浜サイエンスフロンティア高校2名    市立横浜商業高校1名

横浜創英高校1名    横浜創学館高校1名   横浜南陵高校2名

横浜隼人高校1名  

 

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2021年3月7日日曜日

青山学院大学へ<長編><無許可掲載> 最終回

 合格までの具体策

まあ、小話はこれくらいにして、実際にYがどんな勉強をしていたか、思い出してみましょう。

授業はたったの週200分。予備校に比べればはるかに少ない授業でした。

Yは夏期講習や冬期講習の追加も一切しませんでした。

おのずと自習が勉強の中心になります。

Yが一人でできることといえば、世界史と英単熟語と英文法だけでした。

語順整序なんか、一人でやっても無駄でした。

でも、自習でひたすら暗記をしていたおかげで、世界史は慶應大学合格者と肩を並べるまでになっていたのです。

MARCHであれば、得意科目(偏差値70以上)が1科目あれば、合格可能性は高くなります。

逆に、偏差値70以上の科目が一つもないと、合格可能性は著しく低くなります。

Yが青山に合格したのは、世界史という科目選択によるところも大きかったといえます。

 

英語の授業は、ひたすら文法と語順整序でした。

それでもYは、何回やっても完ぺきにはなりませんでした。

Yは自習でも文法の復習を何度もやっていたのですが、どうしても知識がこぼれていく。どうしても見落とす。

授業で扱った7冊の文法テキストを、復習で3回ずつ繰り返していましたが、

それでも“ランダム英文法標準編”や“ファイナル英文法標準編”のレベルで取りこぼしをします。

MARCHに合格するためには、これらは99%・楽々・秒速でできなくてはならないのですが、試験直前でもYは、85%・苦渋・分速でした。

 

長文読解は、一切取り扱いませんでした。

長文でも内容一致以外は文法で解き、内容一致はなんとなく取れればいいんです。

 

この点、ついでに言えば、現代文も古文も、内容を読まずに問いだけを見て解く、という方法を徹底しました。

だって、読んでもわからないんだから、読むだけ無駄ですよね?

古文なんか、品詞分解をすると内容がわからなくなり、内容を追うと品詞を無視するのです。助動詞2つが重なると、ほぼパニックに陥ります。

それでもなんとか話を読み取ろうとしますが、「どんな話だった?」と尋ねれば、単なるでっち上げを答えていました。

ですから、問いだけを見て解く、という方法が、最も合理的だったのです。

Yもそれを理解して、

「現代文と古文は読まない!」

と、自分に言い聞かせるように宣言していました。

 

そのようなわけで、模試の最終的な偏差値は、英語50、国語50、世界史70くらいでした。

青山の判定は、浪人の11月で、E

まるで現役生の成績です。

でも、人生でのトータルの勉強量は普通の現役生にも及ばないのですから、それも当然と言えましょう。

 

このころから過去問演習に入るのですが、いやはやそれにしても、なぜ、どうやって受かったのでしょうかねえ?

実は、このころようやく、英語や国語の語彙力がついてきました。

単語・熟語・漢字・現代文の語句を覚えてきたのです。

これは、地味ですが強力な武器なのです。例えるなら、足軽が甲冑や鎖帷子を身に着けたというところです。

つまり、最低限、“即死しない”レベルになったのです。

MARCHを受験するのに漢字が書けない、単語を覚えていない、というのは実に致命的で、そういう人はまず合格しません。

授業でいっしょに過去問を解いていて、語彙力が入ったことを私は最も身近で感じていました。

ならば、あとはテクニック。ひたすらテクニック。

理解はどうでもいい。テクニック、テクニック、テクニーーーーック。

 

受験直前、YMARCH合格可能性は、50%だと思っていました。

合格可能性50%ということは、私は、“4回受ければ1回受かる”と認識しています。

そして、Yにもそのように伝えました。

そして、Yは私の言うことを素直に聞いて、青山を1つ、法政を3つ、受験しました。

 

 

2月下旬。

Yは、

「青山に受かりました」

と、自宅は遠いのに、わざわざ教室に報告に来てくれました。

教室は、

ザワ…ザワ…

と、私一人でザワザワしていました。

だって、2月下旬の日中なんて誰もいなかった・・・ような気がします。

実は・・・

あんまりそのときの詳細な記憶がないんですよ。残念ですが。

ただただ、恥ずかしそうな、バツの悪そうな、なんか悪事でも露呈したようなYだけが印象に残っています。

(昨年度の途中経過)


余談。

法政は、3つとも不合格でした。

偶然にも、私が言った通り、“4回受ければ1回受かる”という結果になりました。

ちなみに、成蹊大学の入試では、Yのヤツ、またマークをずらして書き、補欠でした。

 

後日談。

実は受験直前、私はYに、

「法政と青山、両方受かったらどっちに行きたいの?」

って聞いたら、Y

「法政です!」

って言っていたんですよ。

だから私は青山に合格したYに、

「法政じゃなくて残念だったな」

って声をかけたんです。

ところが別のヤツにその話をしたら、

「ああ、あれですね。Yのやつ、青山って言ったらおこがましいと思って、つい法政、って言っちゃったんだそうです。本心では青山に行きたかったみたいですよ。だからオーライです!」

だと。

ったく、どこまで・・・・

 

現在のYですか?

タ〇コ吸いながらパ〇ンコやってるらしいです。

4年間で卒業できるかどうか、危ういらしいです。

いいんじゃないですか?

Yの勉強ぶりを目の当たりにしていた後輩の中に、

「あの人が受かったんだから、アタシもがんばれば・・・」

と言う子も出てきています。

Yは今、すべてのホンモノたちの星になったんです!

出典 カメレオン コミックス47巻



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2021年3月4日木曜日

青山学院大学へ<長編><無許可掲載> その2

そんなYが、なぜ、青山に受かったのでしょう?

ひとつには、得意科目を早々に作ったことだと思います。

紆余曲折ありましたが、苦しんだ甲斐あって、世界史の偏差値が異常に伸びました。ただし、字が書けないのでマーク限定ですが。

現役時、最後のマーク模試で9割を超えたのです。

英語も、5割弱くらいまで取れるようになっていました。

それを見たYは、当然、希望を持ったと思います。

「現役でいきたい」

私も、東海大学ならいけると思いました。実質2科だし。世界史に記述はあるけど、ちょっとだけだし・・・

まあ、結局ダメで、Yも私もなんでだろ? って言っていたのですが、まあ浪人時の結果を見れば、まあわからないでもないでした。

とんでもないミスをするんですよ。解答欄をずらしてマークしたりとか。

東海でもなんかやらかした、プラス記述が全滅、といったところだっだのだと思います。

ただ、こんなことを軽く書けるのも浪人して青山に受かったからで、当時の私は

「なんという・・・」(失礼を通り越して失礼)

と悩んだものでした。

(出典 ドラえもん てんとう虫コミックス19巻)

だって模試の成績からも教室での過去問の出来からも、東海に落ちる要素はなかったんですから。


まあ、とにもかくにもYは一浪してなんとか青山に合格したのですが、ネット上でよく言われている、

“どんなヤツでもMARCHまでなら暗記で入れる”

“凡人が努力で入れるのはMARCHまで”

2年間クソ努力すれば、MARCHには入れる。すごい努力が必要だけど”

を証明してしまったわけです。

これらの評には、悪意も善意も実体験も空想も分析も入り混じっているでしょう。

そして、超進学校の出身者からすれば、MARCHは合格して当然の大学でしょう。

ですが、もちろん、努力をし尽してもMARCHに届かない子もいるわけです。

では、MARCHに届いた子と届かなかった子、どこに違いがあるのでしょうか?

運? 地頭? 勉強時間? 気合?

ええ、どれも必要な要素だと思います。

けれど浪人時代のYを見ていて印象的だったのは、勉強中に時折見せる、キラキラとした瞳でした。


昨年度は文系受験生ばかりだったので、現代文を強化すべく“現代文ゼミ”なるものをやっていました。

普段はテクニックばかり使って現代文を解くように指導しているのですが、内容も分かりたい人のために、時間外・無料でゼミ授業をしていたんです。

入試に頻出の話題と、美しい文体と、作家や評論家や大学教授の脳みその中を味わうためでした。今はやってませんが。虚しくて。

とにかくそのゼミで、最も珍回答をし、最も目を輝かせていたのが、Yだったのです。

真っ先に手を挙げて、まったく見当違いであるというあるあるです。

でも、

「面白い!」

「養老孟司ってすごい!」

そうやって素直に喜んでくれるのって、やってるほうは嬉しいじゃないですか。

「なんとかこいつ、MARCHに合格させてやりたいなあ」

たいへんおこがましいけれど、そんなふうに思ったものです。

 

また、隣で数学を勉強しているヤツがいると、興味津々でのぞき込んでいるんです。

そしてわかるわけないのにそいつに質問して、頭を抱えているんです。

でも言うんです。

「相加相乗平均って、かっけー!」

かわいいじゃないですか。

そんだから中学の数学の問題をやらしてみると、喜んで解き始めるのです。

数学なんか受験科目じゃないのに、ですよ。

面白いじゃないですか。

 

一度、

“周の長さが36、面積が54の直角三角形ABCがある。この三角形の斜辺ABと内接円との接点をPとするとき、APBPの比を求めなさい。”

のような問題を出したら、友達に相談しながらも、なんと正解したんです。

嬉しかっただろうなあ。

この問題は高1の数学によくある問題ですが、普通の高1なんか、偏差値60くらいの高校に通っている子でさえ、初見では「解き方を教えて」って言います。普通は。

それを、あのYは解き方も教わらずに、図を描いて、こうかな?こうかな?って考えたんです。

ほほえましいじゃないですか。

それこそ、勉強に対する、本来あるべき姿じゃないですか。

 

しかし、こういったYの性格にも短所がありまして、人のやっていることに引っ張られやすいんです。

隣が長文をやれば「長文をやりたい」

隣が古文をやれば「古文をやりたい」

隣が過去問をやれば「過去問をやりたい」

仕方のないことです。焦る気持ちも、痛いほどわかります。

そのたびに、私たちは、

「焦るな。競るな。〇〇〇〇、〇〇〇。」

そう言い聞かせました(失礼を通り越してハラスメント)。

中学時代の学力に差がある。

目標に違いがある。

それは如何ともし難い、と言いました。私としてはつらかったけれど。

競馬に例えるなら、先行力のない馬は先行しちゃいけない。

最後の直線で勝負だ、ということですね。

わからない方、すみません。 


(つづく)

2021年3月2日火曜日

青山学院大学へ<長編><無許可掲載> その1

ご無沙汰をしております。

卒業生からのリクエストを1年間放置した挙句、やっとのことで投稿する次第でございます。

これから書こうとする本人(仮にYくん)からのリクエストではないのですが、Yの友人であり、ウチの塾でともに浪人生活を過ごした慶大生と明大生が、

Yのことは何がなんでも記録に残すべきだ」

と言うものですから。

なぜなら、

「とんでもなくすごいことだから」

と。

何がすごいって?

このへんに住んでいる子なら、Yが通っていた県立N高校(仮名)がどんなレベルなのか、どのへんの大学に進学するのが普通なのかはみんな知っています。

ごく稀にしか、MARCHには合格する子はいません。

 

N高校 卒業後の進路状況(20203月卒業生)

合計

大学進学

146

短大進学

22

専修/各種学校

99

浪人/予備校

22

留学/留学準備

就職・その他

16

 

そんな高校の、成績は真ん中より遥か下の、筋肉な彼こそが、あのYでした。

しかも、もうちょっと早く塾に来てくれればいいのに、彼がやってきたのは高3。引退試合が終わってから。夏休みなんかとっくに始まっていました。

 

Yと同学年と1つ下の子たちは、Yの学力が当初どれくらいだったか、みんな知っています。

haveの過去形はhavedであり、takeの過去分詞はtakedなんだそうです。

もちろん、Do she busy? という英語を書いて何一つ憚ることはありません。

漢字なんか、もちろん書けません。

方程式なんか、もちろん解けません。

合格してからですが、Yと同学年の塾の子たちは、ビ〇ギャルを比較対象に持ち出して、彼を「ホンモノ」と言っていました。(すごい失礼)

「だって、ビ〇ギャルは進学校の底辺でしょ? Yはホンモノ(ものすごく失礼)ですよ。進学校の底辺が慶應に入るより、ホンモノ(失礼すぎる)が青学に入るほうがはるかにすごいですよ。Yのことはブログに残すべきです。」

もちろん、私個人はビ〇ギャルの物語に感動し、本も買いましたし、ビ〇ギャルの通っていた塾の先生を尊敬しています。高校受験を経験していない中高一貫の子が、いざ大学受験をするのがどれだけたいへんかも、よく知っています。

でも、それを補って余りあるくらい、Yのインパクトがすごかった、ということなのです。

 

ですからまあ、当然といえば当然なのですが、Yは早々に根を上げました。

まだ夏休みだったかなあ。入塾して1か月も経たないうちに彼は言いました。

「推薦にする」と。

当然です。彼を責める気なんか毛頭ありません。

小学校のころから筋肉ばっかりやってきて、突然受験の世界に放り込まれ、塾の同学年の子たちはそれなりの進学校で、自分は中1の英作文なんかやらされて、それすらできなくて、自分がどんなにホンモノなのかを目の当たりにしたんです。

休まず塾に来るだけ偉いですよ。

私だって、中1に満たない学力しか持たない高3Yが、受験に耐えられない可能性は高いと思いました。

でもですね、彼のお父様が、それを許してくださらなかったのですよ。

「お前は、筋肉も結局中途半端。今まで何一つ成し遂げていない。ここで踏ん張らなければ、お前はたぶん一生、何もできない人間になる。浪人してもいいから、目標を設定して、受験して合格してみろ。それが嫌なら、働け。」

なんて立派なお父様だろう、と私は感動しました。

が、そう言われて苦渋の表情を浮かべるY、それまで「推薦にする」と言っていたYを鑑みれば、きっとお父様のおっしゃる通りなんだろうな、と、付き合って日の浅い私も思いました。

目標は、実は教師なんだって。GT〇ですな。

でも、お父様がおっしゃるにはFランク大学ではだめで、ちゃんと勉強しないと入れない大学、というのが条件。

私は一人でやる気に満ち、Yは俯いていました。

 

まず私は、科目を絞ることを提案しました。できれば、2科。

残り時間を考えて、社会は世界史。あとは現代文か、英語。

世界史+現代文だと受験校が少ないので、浪人することも考慮に入れると、世界史+英語が現実的でしょう。現代文、できなかったし。

英語は、単語+熟語+文法に絞り、そのかわり徹底的に繰り返す。

自習は、世界史と単語と熟語のみ。ひたすら暗記の日々としました。

 

こうして言うは簡単ですし、ある程度の進学校の生徒なら嫌々ながらもなんだかんだやることです。

でも、Yですよ。

ただ暗記しているだけでも、大きな背中が小刻みに震えだすのです。

何を覚えているかって?

he his him his とか bring brought brought とか 古代文明とかですよ。

「つらい」

Yはときどき、そう漏らしました。

そして、たった1時間自習すると、

「帰ります!」

ドヤ顔でさっそうと退出しました・・・・・・



 出典 彼岸島48日後 コミックス第26巻より

(つづく)

2020年3月6日金曜日

大学入試2020合格速報


2020年度入試について

まだ一部の大学の発表を残していますが、3月2日時点での合格大学をお知らせします。

2020年度合格実績

(一般受験:50音順)
青山学院大学6
慶應義塾大学1
國學院大學2
駒沢大学1
上智大学2
成蹊大学1
専修大学2
東海大学1
日本大学2
法政大学4
明星大学1
明治大学2
立教大学1
早稲田大学2

(推薦・AO:50音順)
東京工学院大学1
有明教育芸術短期大学1


いやいや、今年はたいへんでした。

2019年10月29日火曜日

現代文において「少数派に思いを馳せる」とは


私は、教室で受験生に、現代文は「少数派に思いを馳せる」ことだ、といつも言っています。

現代文の問題文には、最近「機会の平等」という言葉がよく登場します。
少数の恵まれない人にもチャンスがあってこそ本当の平等だ、という考え方です。
賛成です。まったくそうだと思います。
でもこれ、あらためていろいろ調べたり想像したりすると、本当に難しいですね。
鈴木大介さん著「家のない少年たち」「家のない少女たち」を読んだんです。
虐待されて育った少年や少女がどんな生活を強いられるか、のルポです。
驚愕ですよ。
まあ私なんかは金銭的な苦労はしましたが、私を含め、いちおう親に衣食住と命の安全を保障してもらいながら育った人間には、およそ想像もつかない世界です。
生きるために家を出るしかない。
でも未成年は家も借りられない。
堅気の職に就こうにも就けない。
結果、路上生活、売春、犯罪を強いられる。
政府や自治体の政策なんて届きようがない世界なんです。

こう考えると、健康な大人って楽ですよね。
なんてったって、なんだかんだ言って逃げ場がある。
仕事が嫌ならやめればいい。
今の家が嫌なら引っ越せばいい。
パートナーが嫌なら分かれればいい。
でも、未成年はこれらのいずれも出来ないんです。
子どもは気楽でいい、なんて言う大人がいますが、よく考えてから言ってください、と思います。

虐待ほど極端ではなくても、苦しんでいる子どもたちは、想像以上にいると思います。
例えば、家に要介護者がいる場合。
私も父の介護を「手伝い」ましたが、それはそれは大変なものです。
やったものでなくては決してわかりません。
世間では、そうした人たちを献身的にお世話するのが美徳とされていますが、まあ私なんかはサイ〇パスらしいようですから、正直に告白すれば、こんなことやってられっか! とばかり思っていました。
つまりは、そういうことですね。
大人ですらそうなんです。
まして、子どもはどのように感じるでしょうか。
心にそういった、要介護者に対して私が抱いたような気持ちを抱いたとしても、子どもは「あんなやついなきゃいいのに!」とは口にできないでしょう。
世の中の道徳や、家族の手前というのは、大人よりも子どもの方が気にしているはずです。
なぜなら、子どもは大人に逆らっては生きていけないのですから。
正直な気持ちは言えない。
家から逃げ出すことも、家を捨てることもできない。
それでも、こういう心を持ってはいけないのでしょうか?
そういうふうに思ってしまう子は、心が冷たい子なのでしょうか?
そういうことを「いけない」と言って抑えつけること自体が、「機会の平等」を奪うことにつながる可能性はないでしょうか?

子どもにとっての「ごく普通の家庭」を、「衣食住に困らなくて、いちおう落ち着いた気分になれて、努力次第で将来が叶えられる可能性がある家庭」と定義するならば、これらの要素がひとつでも欠けたら、それは「機会の平等」を奪われていると思います。
だって、子どもはそれを覆すために、「ごく普通の家庭」であれば必要のない努力をしなければならないからです。
「ごく普通の家庭」であれば失わなくてもいいはずの精神のエネルギーを奪われます。
それによって子どもが無気力になったり、将来に希望を持てなかったりしたら、それは子どものせいなのでしょうか?
努力が足りない、と責めるのでしょうか?
今の世の中の風潮は、そういうことみたいですけどね。

横断歩道の信号が青である時間は、「普通の」人なら渡れるという時間を考慮しているでしょう。
でも、足が悪い方とか、青である時間内にわたり切れない方もいますよね?
交通事故での死亡者は年間5千人以上います(2017年)。
僅か20年前は、年間1万人以上が亡くなっていました。
なぜ交通死亡事故を撲滅しないのでしょう?
特に、交通弱者である歩行者の死亡事故を。
自然災害で亡くなる方の人数より、はるかに多いですよね?(2017年年間約1000人)
日本中の道路を歩車分離にするとか、自動車の入れる道を制限するとか、違反をもっと厳しく取り締まるとか、手はあるじゃないですか。
なぜ、年間5000人も亡くなっている異常事態に、政府も、みんなも目をつぶるのでしょうか?
予算がないからですよね?
不便だからですよね?
自動車が日本の基幹産業だからですよね?
だから弱者は、ごく少数なら黙ってろってことですよね?
大多数の利益が優先、ってことですよね?
家庭環境に恵まれず機会の平等が与えられない子は、少数なんだから仕方ない、ってことですよね?

てなことを考えていたら鬱になります。
が、こういうことを考えるが、てっぺんの方の大学の現代文ができるためには必要です。
鬱な気分は怒りに変えましょう。
受験の動機は、怒りでいいんです。






2019年7月14日日曜日

大学受験は変身願望だ


もうね、平成までは通り過ぎちゃって令和とかになっちゃったらしいので、昭和の時代の私の考え方なんか持ち出したところでね、どーせね、って思うわけですよ。文明開化の時代の天保頭、ってやつですよね。
でもね、もうこのへんがオヤジなんですけどね、これだけはどうしても言わないとストレスが溜まってきているんですよ。ほんとすみません。

過去にうまくいかなかった子たちを思い浮かべると、今でも心が痛むんですよ。だからですね、そんな思いはもう、二度としたくないんです。
こういう言い方をすると、生徒のためではなくて私のために書いているみたいですが、その通りです。
ほんと、今でも、うまくいかなかった子たちには、11回は心の中でごめんなさいしてます。
その子たちが受験生だったころには、私は必死だったと思います。でも、うまくいかなかった。なぜなのか? いつもいつも考えるわけです。
わたしが年寄りだから生徒の気持ちがつかめなかったのか? もっと寄り添うべきだったのか? それとも突き放すべきだったのか? それとも生徒自身の気質の問題だと割り切るべきなのか? 未だに答えは出ないのです。

私はね、大学受験って、究極には変身願望だと思うんです。
大人になりたい、あんなことやこんなこともしたい、ああなりたい、こういうふうになりたい、という欲求です。だから、「モテたい」くらいの動機で十分なんです。
そして、さらにその根底には、コンプレックスや、進学校なら「プライドを維持したい」という欲求があるはずです。それらは、時として怒りに近い感情です。
だから、高校生のままでいたい、まだまだ子どもでいたい、現状で十分満足、という場合には、そもそもうまくいかないんです。

大学受験は、志望校と自分の実力が離れていればいるほど、捨てるものが多くなります。睡眠時間はもちろん、趣味や友達関係にだって、かなりの制限をかけなければうまくいきません。
でもそれこそが、変身に絶対必要な要素なんです。つまり、我慢こそが大学受験なんです。
来年でもできることを、受験生である今、やってしまう。それで我慢をして勉強している受験生と同じ結果を得ようなどと、虫が良すぎるんです。
人より伸びようと思ったら、人より多く、効率よく勉強しなければなりません。単純な話なんです。でもそれができないから伸びないわけで、ならば塾では授業以前に、そういう当たり前の理屈を語らなければならないと思うのですが、そこで最初の話に戻ってしまうんですよ。

どこまで寄り添うべきか。

どこまで踏み込むべきか。

突き放した方がいいのか。

・・・私の頭は古い。でも、勉強には絶対に普遍性がある。昔も今も変わらぬことがある。それは、人より努力しないと人より伸びない、という事実です。
方法論やツールは変わります。変化します。でも、人間がそれほど変わっているとは思えない。人間なんて、旧石器時代から気質なんて変わっていないと思いますよ。
よって、ここに私の考え方を示して、今日は終わりにしようと思います。
愚痴ですみませんでした。


オヤジの現役時代(大昔)
偏差値405月の模試)から現役で早稲田に合格するために、どうすべきかをよく考えた。

受験勉強以外のものは邪魔でしかない。
 → 雑念、煩悩、用事、会話、移動時間、トイレ、風呂、食事、睡眠は邪魔だ。

・移動時間は英語を聞く。
・トイレ・風呂・食事中も勉強。
・会話は唯一の気分転換。笑える話か、役に立つ話しかしない。短く切り上げる。
・英語を聞けない移動時間はとにかくダッシュ。
・睡眠は最小限。限界まで布団では寝ない。
・眠くなったら机にうつぶせて寝る。
・雑念や煩悩が起きたら運動。運動は脳によい。
・体力温存のために、眠気が起きない限り机に座らない。寝そべって勉強する。
・学校は三分の一サボる。
・学校の授業中は可能な限り寝る(起きている価値のある科目以外)。
☆しかし、日曜日の夕方以降は自由時間とした。
☆ここまで決意してもすべてはやり切れない(誘惑や煩悩に負け、その度に自己嫌悪)。
☆結局、浪人。

浪人時代
1回だけ模試である科目の偏差値が80を超えた。その後も常に模試の成績優秀者欄に名前が。
☆某予備校の特待生に。しかしテキストだけもらって宅浪。
☆遊びたいなら、模試で第一志望の大学の偏差値より+8をたたき出してから。
☆おかげで、浪人時代は16時間分の勉強を必須に、やる気次第で+αの勉強しかしな
 かった。
☆入試直前まで、週2回バイトしてた。
☆浪人時代は、実は楽しかった。